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終戦記念日 (大阪護国神社)

神社仏閣巡り
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終戦記念日 (大阪護国神社)

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終戦記念日 英霊感謝祭(大阪護国神社)

8月14日、台風が近づいて来る。。。

8月14日の夕方から大阪護国神社にお詣りしました。

先に住吉大社にお詣りしてから大阪護国神社に向かいました。

住吉大社から歩いて35分の所に大阪護国神社はあります。

住吉大社から西に20分ほど真っ直ぐ歩くと国道にぶつかり、左に曲がって、南の方向に15分ほど歩けば大阪護国神社に着きます。

 

雨は止んでいました。

良かったと思っていたのですが。。。。

毎年、盆踊りが開催されるのですが、中止と書いていました。

残念です。

 

18時半から「みたま祭り」が開催されるはずですが、人の気配がしません。

社務所に御朱印を貰いに行き、尋ねると、台風の為中止になったそうです。

今日は帰って、明日の午後12時に「英霊感謝祭」に行くことにしました。

 

暫くの間、神社の中を散策しました。

 

「君が代」で有名な「さざれいし」です。

大きな看板に由緒書きが書いてあります。

特攻隊の像です。「あゝ特攻」と書いてあります。

 

慰霊碑がたくさんあります。

 

8月15日 英霊感謝祭

住吉大社駅から歩いて大阪護国神社に向かいました。

台風が近づいているので、雨がパラパラと降っていましたが、構わずに歩きました。

大阪護国神社に着いた頃に、雨は止みました。

台風が近づいている筈なのに。

きっと、神様が、英霊たちが、歓迎してくれているのだと思います。

 

直ぐに「英霊感謝祭」が始まりました。

厳かに、祭りは進行されました。

 

拝殿前に人だかりがありましたが、みんな、静かに祭りを見守っています。

それそれ、色んな思いだったと思います。

英霊に対する感謝の気持ちが正しいのではないでしょうか。

 

今、日本は間違いなく繁栄しています。

それは、英霊の活躍によって国が残ったからです。

英霊は凄まじく強かった。だから、戦後、日本は他国に攻め込まれなかった。

日本の為に、日本国民の為に戦った英霊に感謝をしたいと思います。

 

きっと英霊は自分の愛する家族、友達、恋人の為に戦ったのでしょう。

自分が戦争で死んだとしても、自分は英霊として祀られ、きっと国が自分の家族の面倒を見てくれる、守ってくれる、栄誉を与えてくれる、そう信じて戦ったのでは無いでしょうか。

 

英霊の手紙

大阪護国神社に行くと、英霊が家族に宛てた手紙が置かれています。

読んでいたら、涙が出てきます。

「柿の木を大切に育てて欲しい」とは、自分が死んだとしても悲しまないで欲しい、代わりに柿の木を自分だと思って育てて欲しい、と言う意味では無いでしょうか。

自分が死んだとしても、家族を気遣う立派な手紙です。家族に対する愛情が伺われます。

また、「私の国家の為、・・・私は喜んで死んで行きます」とあるのは、残された家族が、この手紙を人に見せることも考えて書いているでは無いでしょうか。

以下が、写真に載っている手紙を写したものです。

 

お母さん さらば

私も愈々国家の為、お役に立つ時が来ました、

私は入営の際、既に身は大君に捧げしものとして入営した私であります。

男として生れ一世一代の死に場所を求めることが出来、こんな嬉しい愉快な

ことはありません。

私は喜んで死んで行きます。

たゞ、私の亡きあとは一家挙つて幸福に暮らし行く事、私は草葉の陰から祈つて居ります。

それから私が来る前に植付けて来た、柿の木を大切に育てて下さい。あとは何も言ふ事はありません。

白木の箱が届いたら、どうか泣かずに、褒めて下さい。

 

これを書いた英霊は、今の繁栄した日本を見て喜んでいると信じたいです。

 

(皆さん、終戦記念日には護国神社に参拝して下さい)

 

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祈りログ

コメント

  1. […] 令和元年終戦記念日に大阪護国神社に参拝しました。英霊感謝祭が厳かに行われました。掲示板にあった英霊の手紙に涙しました。今、繁栄している日本。英霊たちに感謝したいと思います。 終戦記念日 (大阪護国神社) […]

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