枚岡神社

神社
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枚岡神社

枚岡神社 河内国一の宮

御祭神

第1殿 天児屋根命(あめのこやねのみこと)

第2殿 比売御神(ひめみかみ)

第3殿 経津主命(ふつぬしのみこと)

第4殿 武甕槌命(たけみかづちのみこと)

 

御利益

金運、仕事運、病気平癒、子授け、安産、交通安全、学業成就など総合運上昇

御朱印

由緒

枚岡神社の創祀は、皇紀前まで遡り、初代天皇の神武天皇が大和の地で即位される3年前と伝えられています。
神武御東征
の砌、神武天皇の勅命を奉じて、天種子命(あめのたねこのみこと)が平国(くにむけ)(国土平定)を祈願するため天児屋根命・比売御神の二神を、霊地神津嶽(かみつだけ)に一大磐境を設け祀られたのが枚岡神社の創祀とされています。

※皇紀とは日本独自の暦で、西暦はキリスト誕生を元始とするが、日本の皇紀は、初代天皇西暦よりも660年前に皇紀がはじまったとされます。

神武天皇(神倭伊波禮毘古命:かむやまといはれびこのみこと)は、日本の国を治めるため、九州の日向高千穂から東に向かわれ、地方を治めながら日本の最中大和の国、畝傍山の橿原の地でご即位されたと日本書記に記されています。これを神武御東征といいます。浪速(今の大阪湾、当時の湾はかなりいりくんでいたと伝わる)に上陸され、生駒の山を越えて大和の国へ進もうとされたが、生駒の豪族であったナガスネヒコの大軍がこれを阻止しようと戦がおこってしまいます。思うように進むことができないばかりか、兄である五瀬命(いつせのみこと)が流れ矢によって負傷してしまうなど、かなりの痛手を負い、ここに神武天皇は、神のお告げによって「天照大御神の子孫でありながら、日に向かって敵を討つことは神の道に逆らうものである」と悟られ、天神地祇を祀った後、皇軍を還して和歌山紀州路から吉野を通り、日を背にむけて大和へ進むことを決意されます。
この時に、天児屋根命・比売御神の二柱の神を霊地神津嶽にお祀りし、国土の平定を祈願され、その後、熊野を経て大和橿原の地に即位されます。

枚岡神社は、永く神津嶽にお祀りされましたが、孝徳天皇の白雉元年(はくちがんねん)(650年)9月16日に、平岡連らにより山麓の現地へ奉遷されたと伝えられています。神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)に、天児屋根命・比売御神の二神が春日山本宮の峰に影向せられ、春日神社に祀られました。このことから当社が「元春日(もとかすが)」とよばれる由縁であります。

その後、宝亀(ほうき)9年(778年)春日神社より、武甕槌命・斎主命の二神を春日神社より迎え配祀し四殿となりました。
大同元年(806年)には60戸の封戸を充てられ、貞観元年(856年)天児屋根命の神階は正一位の極位を授かり、延喜式神名帳では名神大社に列せられました。その後勅使参向のもとお祭りが行われ、又随時、祈雨、祈病平癒の奉幣に預かる等優遇を受け、寛治5年に堀河天皇が参拝されるなど、勅旨により創始されたことにより朝廷から特別な尊崇をうけたことがうかがわれます。

(枚岡神社ホームページより)

アクセス

近鉄奈良線枚岡駅下車すぐ

大阪府東大阪市出雲井町7番16号
TEL: 072-981-4177

 

 

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コメント

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