奇蹟がくれた数式(2016年)

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奇蹟がくれた数式 ラマヌジャン 伝記(2016年)

あらすじ

インドで独学で数学の研究を行なっているラマヌジャン 。彼は学歴も低く身分も低かった

彼は大学の研究者の職を探すが断られ続ける。
彼からの手紙を受け取った数学者ハーディーは彼に興味を持ち、イギリスのケンブリッジ大学の研究者に招聘する。
当時はインドはイギリスの植民地だった。

彼がずっと研究していたノートには数学に関する公式が沢山書かれていた。数千にも及ぶ公式が書かれているが、しかし証明はきちんとされていない。彼は証明が必要である事すら分かっていないのです。
周囲の先生たちは彼をよく思っていませんでした。
しかしハーディだけは、ラマヌジャン を高く評価しているのです。

ハーディーと彼は共同で研究する。彼はどんどん新たな公式を発見して行くのです。
ハーディーは彼に何故公式を発見することが出来るのか尋ねると、
「女神ナマギーリのお陰だ。ナマギーリ女神が舌の上に置いて行ってくれる」
と不思議な事を言うのでした。
直感で思いつき、理屈で説明できないようだ。
まさに天才である。

彼はイギリスの生活に馴染めないでいた。
そんな時に第1次世界大戦が勃発し、彼は研究者の職から切られてしまう。その上、結核まで発病してしまうのです。

彼を大学に復帰させようと動くハーディー。しかし大学側は許可をしない。
その時彼は分割数を研究していました。

ハーディーは王立協会の会員に彼を推薦する。
インド人では王立協会の会員になれるわけがなかった。
でも彼の功績を讃えて王立協会は会員と認めたのです。

そして、フェローとして認められます。

彼はインドに戻るのですが、結核が再発して彼は亡くなってしまう。
わずか32歳だった。

彼がイギリスで活躍したのはわずか5年間だったが、彼の残した功績は今も数学者を悩ませ続けている。

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感想・考察

Srinivasa Ramanujan - OPC - 1.jpg  (wikipediaからラマヌジャン )

ラマヌジャン は大天才と言われているが、その功績はあまり知られていない。アインシュタインと並ぶくらいの天才である。いや、アインシュタイン以上とも言われている。映画の中でもオイラーかニュートンか、それ以上の天才だと評価されていた。

「孤独 フリー素材」の画像検索結果

そのラマヌジャン は天才ゆえか、理解者も少なく、上手く周囲に馴染めず孤立し悩み続ける。ハーディーはラマヌジャン を評価し、庇護したが、もしハーディーと出会わなかったら、ラマヌジャン はどうなっていただろう。

Ghhardy@72.jpg (wikipediaからゴッドフレイ・ハロルド・ハーディ)

きっと、ラマヌジャン は数学者になれずに貧困のまま、誰にも尊敬されずに、どちらかと言うとバカにされて人生を終えていただろう。もし数学者になれたとしても、彼が思いついた公式の価値を誰も認めずに埋もれてしまっていただろう。彼は、理解されずに潰されていただろう。

(映画の中で何度か「精神病院に送られるかも知れない」とあるように精神病院に送られていたかも知れない。実際、ビューティ・フルマインド」のジョン・ナッシュは送られている。)

「子猫 フリー素材」の画像検索結果

彼のような天才には必ず庇護してくれる人が必要なんだと思う。安心して生きる場所が必要なんだと思う。暖かい居場所が必要なんだと思う。

(「ビューティ・フルマインド」のジョン・ナッシュも苦しみ抜いた人生を送り、理解者が支えてくれて生きる事が出来た)

 

公式ホームページで木村俊一が

「ラマヌジャンが発見した擬テータ関数はブラックホールの研究に登場し、整数論的な起源を持つタウ関数についての予想は、ラマヌジャングラフとして回線の切断に強いインターネット網の研究につながる。深い水脈を通って、ラマヌジャンの研究は今ようやく理解され、役立ち始めているのである。」

と言っています。

天才が本当に理解されるのは100年も掛かる。

悲しい事に。

中田敦彦のYouTube大学 で紹介されていました

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作品

スタッフ

監督 マシュー・ブラウン
脚本 マシュー・ブラウン
原作 ロバート・カニーゲル『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』(工作舎)
製作 エドワード・R・プレスマン ジョー・トマス ジム・ヤング
出演者  デーヴ・パテール ジェレミー・アイアンズ

公開 2016年10月22日

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公式サイト

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*写真・イラストはフリー素材から

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