赤山禅院(京都府京都市)

神仏霊場巡拝の道 赤山禅院 御朱印 ○基本情報
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赤山禅院(京都府京都市)の基本情報

赤山禅院せきざんぜんいんの基本情報(本尊、宗派、開基、霊場、縁起、境内、御朱印、アクセス)です。

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赤山禅院の本尊

泰山府君たいざんふくん(赤山大明神)
泰山府君は五岳の一つである東岳泰山とうがくたいざんの神で、人の生死をつかさどる道教の神ですが、日本に伝わって陰陽道の主神となりました。

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赤山禅院の宗派

天台宗

赤山禅院の開基

安慧あんね
天台宗の僧侶。最澄・円仁について顕教・密教を学んだ。第4代天台座主。赤山禅院を建立。

赤山禅院の霊場

  1. 都七福神(福禄寿)
  2. 神仏霊場巡拝の道 第107番(京都第27番)
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赤山禅院の縁起と見所

叡山電鉄の駅からしばらく歩いた場所にあり、紅葉の名所としても知られています。

明治に入り、神仏分離が行われてからも、神仏習合の姿を残しています。

赤山禅院の創建

慈覚大師 円仁えんにん(794年~864年)が、弟子の安慧あんねに遺言して建立した寺です。

838年、最後の遣唐使船で唐に渡った円仁は、天台山巡礼が許されず、労の末に天台教学を納めました。この時、赤山法華院に留まり、僧や人々の温かい支えがありました。

その行程を守護した赤山大明神に感謝し、赤山法華院のゆかりの寺を建立する事を誓ったのです。

日本に戻った円仁は、第三世の天台座主となり、多方面にわたる精力的な活動によって天台密教の基礎を築きました。しかし、赤山禅院を建てるという悲願は果たされず、弟子の安慧が創建したと伝えられています。

赤山大明神

本尊の赤山大明神は、唐の赤山にあった泰山府君たいざんふくんを勧請したものです。
泰山府君は五岳の一つである東岳泰山とうがくたいざんの神で、人の生死をつかさどる道教の神ですが、日本に伝わって陰陽道の主神となりました。

千日回峰行の寺

赤山禅院は、天台宗随一の荒行、千日回峰行せんにちかいほうぎょうの「赤山苦行」の寺で、千日回峰行を満行した大阿闍梨により「ぜんそく封じ・へちま加持」「珠数供養」「泰山府君祭」をはじめとする加持・祈祷が行われます。

千日回峰行

千日回峰行は、平安時代、延暦寺の相應そうおう和尚により開創された、文字どおり、1000日の間、比叡山の峰々をぬうように巡って礼拝する修行です。

千日回峰行は7年間かけて比叡山の峰々を巡ります。

厳しい修行で死人も出る荒行です。

1年目から5年目は、1日に約30キロの行程を700日間、比叡山の峰々を巡ります。
その後、比叡山無動寺谷の明王堂に籠もり、9日間、断食・断水・不眠・不臥で不動真言を唱えつづけます。
6年目は、比叡山から下って赤山禅院へ至り、再び比叡山へと上る往復が加わり、1日に約60キロを100日巡ります。
7年目は、まず比叡山中から赤山禅院、更に京都市内を巡礼し、1日に84キロを100日巡ります。最後の100日間は、初めと同じように比叡山中30キロをめぐり、千日の満行をむかえます。

この行を2回終えた者が3人いて、その一人が酒井雄哉さかい ゆうさいです。3回終えた者が1人いますが、4回終えた者はいません。

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境内の様子

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赤山禅院の御朱印

神仏霊場巡拝の道 赤山禅院 御朱印

(順に、神仏霊場巡拝の道)

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赤山禅院の拝観時間

拝観時間 9:00〜16:30(開門:6:00、閉門:18:00)

赤山禅院の入山料

○ 入山料 無料

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赤山禅院への行き方(アクセス・地図)

電車

      1. JR「京都駅」下車、バス57分「修学院離宮道」下車、徒歩15分
      2. 叡山電鉄「修学院駅」下車、徒歩17分

自動車

      1. 名神高速道路「京都南IC」から39分
      2. 名神高速道路「京都東IC」から31分

赤山禅院の駐車場

なし

赤山禅院に駐車場はありません。周辺に駐車場があります。

赤山禅院の所在地・連絡先

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