法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)の基本情報
法隆寺の基本情報(本尊、宗派、開基、霊場、縁起、境内、御朱印、
法隆寺の本尊
釈迦如来
紀元前6世紀インドの小国の王子として生まれ、29歳で出家し、厳しい修行をした結果35歳で悟りを開いて、その教えを広めた。仏教の開祖です。
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法隆寺の宗派
聖徳宗
法隆寺の開基
推古天皇
聖徳太子
用明天皇の第二皇子で推古天皇の摂政。日本に仏教を取り入れて「十七条の憲法」「冠位十二階」「四箇院の制」などを制定し、日本国の礎を作った。
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法隆寺の御利益
法隆寺の霊場
- 南都七大寺 第7番
- 聖徳太子霊跡 第14番
- 神仏霊場巡拝の道 第26番
- 大和北部八十八ヶ所霊場 第50~51番
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法隆寺の縁起
○ 仏教にいち早く注目した聖徳太子は、601年に斑鳩宮を造営され、亡き父の用明天皇の為に法隆寺の造営を発願され、607年ごろ完成しました。
○ 金堂に安置されている薬師如来坐像には、「推古天皇と聖徳太子が607年に像を造った」という内容の銘文が刻まれています。
○ 聖徳太子は仏教を積極的に取り入れ、四天王寺、中宮寺などを建立し、冠位十二階や憲法十七条の制定するなど活躍されますが、49歳で崩御されます。
○ 聖徳太子の皇子、山背大兄王が遺志を引き継ぎますが、蘇我入鹿の軍勢に襲われ聖徳太子の一族は滅亡しました。
○ 日本書紀によると「670年に法隆寺が一屋も余す事なく焼失した」とありますが、間もなく再建が進められ奈良時代の初頭には復興されました。
○ 世界最古の木造建築として知られ、1993年には、日本で最初に世界文化遺産に登録されました。
1300年の歴史をくぐり抜けて来たことに驚きます。
○ 2012年に完成した東京スカイツリーは法隆寺の五重塔をモデルとして建設され、塔の中心部に心柱が使われています。
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境内の様子
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法隆寺の御朱印
(神仏霊場巡拝の道)
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法隆寺の拝観時間
拝観時間
2/22~11/3 8:00~17:00
11/4~2/21 8:00~16:30
法隆寺の入山料
○ 入山料
大人・大学生 | 高校生 | 中学生 | 小学生 | |
---|---|---|---|---|
個人 | 1,500円 | 1,500円 | 1,500円 | 750円 |
法隆寺への行き方(アクセス・地図)
電車
- JR「法隆寺駅」から徒歩20分
- JR「王子駅」からバス、「法隆寺前」下車、徒歩5分
自動車
- 第二阪奈道路「法隆寺IC」から12分
法隆寺の駐車場
なし
法隆寺の所在地・連絡先
所在地 | 〒636-0115 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1 |
電話番号 | 0745-75-2555 |
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