今宮神社(京都府京都市)の基本情報
今宮神社の基本情報(御祭神、御利益、霊場、由緒、境内、御朱印、
今宮神社は京都市北区にあり、桂昌院ゆかりの神社で「玉の輿神社」とも呼ばれています。「やすらい祭」は三奇祭の一つとされる祭りです。
今宮神社の御祭神
大己貴命
大国主命の青年期の名前。因幡の白兎を助けるなど、その優しき心に嫉妬した八十の兄神たちに2度も殺されます。須佐男之神の試練にも耐えぬき大国主命として葦原中国の王となり、少名毘古那神と協力し、国造りを成し遂げました。
事代主神
建御雷神が大国主に出雲の国譲りを迫った時に、父に代わって答えた神。豊漁の神、商売の神で七福神の一人として知られる。
奇稲田姫命
日本神話の女神で、八岐大蛇のいけにえとなるところを、素戔嗚尊によって助けられ、その妻となった。
今宮神社の御利益
今宮神社の霊場
- 神仏霊場巡拝の道 第96番(京都第16番)
今宮神社の由緒と見所
今宮神社は京都市北区にあり、桂昌院ゆかりの神社で「玉の輿神社」とも呼ばれています。「やすらい祭」は三奇祭の一つとされる祭りです。
今宮神社の創建
疫病や災厄を鎮める
現在の今宮神社のある場所には、平安京遷都以前から疫神を祀る社があったと言われています。
遷都された後、平安京は栄えましたが、たびたび疫病や災厄が起こり人々は悩まされ、これを鎮めるために神泉苑、御霊社、祇園社など御霊会が営まれました。
祭りの起こり
一条天皇の時代、994年に、疫神を神輿を齋いこめて船岡山に安置し、悪疫退散を祈りました。人々は病魔のよれる人形を難波江に流したといわれます。
これが、現在、今宮神社で行われる紫野御霊会、今宮祭、やすらい祭の起源と言われています。
今宮神社の始まり
1001年、疫病が流行り疫神を鎮め祀るため、船岡山の北、現在の場所に新しく神殿を建て今宮社と名付けました。
これが今宮神社の始まりです。
玉の輿
将軍五代将軍徳川綱吉と言えば「生類憐れみの令」を出し、「犬公方」とあだ名をつけられた事で有名です。
「生類憐れみの令」は動物を保護したのですが、過剰であった為に悪法として知られています。しかし、病人の保護や、捨て子の禁止を奨励したなどの素晴らしい面もあったようです。
さて、その綱吉の母親である桂昌院の話です。
実は桂昌院は、「お玉さん」と言う名前で、西陣の八百屋に生まれた娘です。その八百屋の娘が江戸城に入り大奥で仕えているうち、三代将軍家光の側室にあがり、将軍の生母となり、従一位という女性として最高位にまで登り詰めました。
この事から、「玉の輿」の言葉の起こりと言われています。
桂昌院は、途絶えていた「やすらい祭」を復活など、産土神社である今宮神社の再興に力を尽くしました。
今宮神社は「玉の輿神社」とも呼ばれています。
やすらい祭
やすらい祭は、精霊と神々、鬼が混在する大変面白い祭で、「鞍馬の火祭」「太秦の牛祭」とともに、京の三奇祭の一つとされる祭りで、毎年4月の第2日曜日に行われます。
生花で飾った傘を中心に笛や太鼓を鳴らし、大鬼はやすらい踊りを踊って、疫神を傘の中へ招き入れ、街中を練り歩きます。
行列は今宮神社に向かい、境内では、2組8人の大鬼が大きな輪になってやすらい踊りをします。
あぶり餅
細い竹串に大人の親指ほどの餅を刺して火に炙り、味噌風味のタレを付けたもので、今宮神社の東門前にある「一和」、「かざりや」で売られる餅です。
二つの店はあぶり餅だけを扱い、焼ける香ばしい香りが辺り一面に漂っています。
素朴で優しい白みそときなこの組み合わせは絶妙です。
境内の様子
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今宮神社の御朱印
(順に、神仏霊場巡拝の道)
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今宮神社の拝観時間
拝観時間:9:00〜17:00
今宮神社の拝観料
無料
今宮神社への行き方(アクセス・地図)
電車
- JR「京都駅」からバス33分「船岡山」下車、徒歩7分
- 阪急「烏丸駅」からバス33分「今宮神社前」下車、徒歩1分
- 京阪「出町柳駅」からバス31分「船岡山」下車、徒歩7分
- 京福電鉄「北大路駅」から徒歩20分
自動車
- 名神高速道路 「京都南IC」から30分
今宮神社の駐車場
今宮神社の所在地・連絡先
所在地 | 〒603-8243 京都府京都市北区紫野今宮町21 |
電話番号 | 075-491-0082 |
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